【Programmer Legends #10】Anders Hejlsberg：型と設計でプログラミングの未来を築いた革命者

1. 序章：静かなる設計者

Anders Hejlsbergは、一般的に大々的にメディアで取り上げられることは少ないものの、 彼が手がけた言語やツールは、プログラミングの歴史における根本的な変革 をもたらしました。

彼の名は、一貫して“ツールを使う人々を支援する”という設計思想のもとに発展してきたことから、 まさに「静かなる革命者」と言えるでしょう。

アンダース・ヘルスバーグ - Wikipedia

アンダース・ヘルスバーグ - Wikipedia

アンダース・ヘルスバーグ (Anders Hejlsberg デンマーク語発音アナス・ハイスベル、1960年12月 - ) は、デンマークのソフトウェアエンジニアである。ボーランド社から発売されたTurbo Pascalの原作者で、後にDelphiなどの同社を代表する開発ツール製品部門のチーフアーキティクトとして活躍していたが、同社が開発ツール製品事業から一旦撤退を決めた際に、多くの同社同部門の社員たちと共にマイクロソフト社に移籍し、同社のテクニカルフェローを務め、.NET Framework及びC#の設計やTypeScriptのコア開発に従事している。

https://w.wiki/4nuH

Turbo Pascal → Delphi → C# → TypeScript の系譜

彼のキャリアは、どの時代でもプログラミングの基盤を再構築するような仕事をしてきました。

  1. Turbo Pascal (1983)
    彼の最初の大きな貢献は、Turbo Pascalの開発でした。
    Turbo Pascalは、当時のコンパイル速度や開発環境の遅さを一新しました。
    これによって、Pascal言語が普及し、個人開発者や教育機関での利用が広まりました。
    Turbo Pascalは、開発者が求めていた「高速コンパイル」「使いやすいIDE」を実現し、当時の開発者文化を大きく変えました。

  2. Delphi (1995)
    次に、Delphiを設計し、RAD（Rapid Application Development）ツールという新しい開発スタイルを生み出しました。
    Delphiは、GUIアプリケーション開発をドラッグアンドドロップで可能にし、プログラムを書く時間を大幅に短縮しました。
    また、C++ BuilderやVisual Basicなどに続く、新たな開発環境を作り上げたことで、彼の設計哲学は「視覚的で直感的な開発」へと向かいました。

  3. C# (2000)
    Microsoftに移籍後、Hejslbergは C# の開発に携わり、オブジェクト指向言語の進化を遂げました。 C# は、Javaの後を追いかける形で登場しましたが、彼の手によって、 .NETフレームワークの核 となり、企業向け開発のスタンダードを築くことになりました。
    特に、C# 3.0以降のLINQやラムダ式は、言語設計に革新をもたらしました。
    C#は、強力な型システムとともに、安全で効率的な開発を支援する言語となり、今も企業開発で広く使われています。

    C Sharp - Wikipedia

    C Sharp - Wikipedia

    C#（シーシャープ）は、マイクロソフトが開発した、汎用のマルチパラダイムプログラミング言語である。C#は、Javaに似た構文を持ち、C++に比べて扱いやすく、プログラムの記述量も少なくて済む。また、C#は、Windowsの.NET Framework上で動作することを前提として開発された言語であるが、2023年現在はクロスプラットフォームな.NETランタイム上で動作する。デスクトップ・モバイルを含むアプリケーション開発や、ASP.NETをはじめとするWebサービスの開発フレームワーク、ゲームエンジンのUnityでの採用事例などもある。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/C_Sharp

  4. TypeScript (2012)
    そして、TypeScriptはJavaScriptの型システムを強化し、動的型付けに対する柔軟性と、開発者の安全性を両立させるために誕生しました。
    TypeScriptは、型推論や静的型付けにより、JavaScriptの弱点を補完し、特に大規模なアプリケーション開発において開発者の生産性を大幅に向上させました。
    今では、ウェブ開発のスタンダードとなり、多くの開発者がTypeScriptを使って複雑なシステムを開発しています。

    TypeScript - Wikipedia

    TypeScript - Wikipedia

    TypeScript はマイクロソフトによって開発され、メンテナンスされているフリーでオープンソースのプログラミング言語である。TypeScriptはJavaScriptに対して、省略も可能な静的型付けとクラスベースオブジェクト指向を加えた厳密なスーパーセット（既存のものを全て含んだ上でより機能が拡張されている上位互換となるモノ）となっている。C#のリードアーキテクトであり、DelphiとTurbo Pascalの開発者でもあるアンダース・ヘルスバーグがTypeScriptの開発に関わっている[3][4][5][6]。TypeScriptはクライアントサイド、あるいはサーバサイド (Node.js) で実行されるJavaScriptアプリケーションの開発に利用できる。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/TypeScript

Anders Hejlsbergが成し遂げたこと

彼は、ただ単に新しいプログラミング言語を作ったわけではなく、
「プログラミングを“人間”中心に支援するツールの設計哲学」
という思想を貫きました。

彼の言語設計の最大の特徴は、「ツールが開発者を支援すること」に重点を置いているという点です。

言い換えれば、「プログラミングの難しさを減らす」 ことに専念し、開発者の生産性を向上させるために、どのツールにも一貫した設計哲学を注ぎ込んだのです。

この 「ツールとしての言語設計」 は、彼のキャリアを通して何度も実現され、プログラミングの常識を変える一歩となりました。

2. Turbo Pascal — “個人開発者の黄金時代”を作った革命

1983年、Anders HejlsbergはTurbo Pascalを開発し、Pascal言語を学術的なものから実務的な言語へと進化させました。

当時のPascalは、主に教育機関や学術研究で使用される言語であり、商業開発や個人開発には適していませんでした。 しかし、Turbo Pascal はそのコンパイラを 非常に高速化 し、MS-DOS 上で動作する GUI付きIDE（統合開発環境） を実現しました。これが大きな革新でした。

革新のポイント：

  • コンパイル速度の革新

    • Pascalは元々コンパイルが遅く、開発者がコードを書く度に待たされる時間が長かったが、Turbo Pascalはそれを数秒で終わらせるほど高速化されました。
    • この高速コンパイルが実現したことにより、開発者はコードを書いて即座にテストできるようになり、開発速度が劇的に向上しました。

  • MS-DOS上でGUI付きIDEの実現

    • それまでのPascalはテキストベースのコンパイル環境だったが、Turbo Pascalは 初めてGUI（グラフィカルユーザーインターフェース） を取り入れ、使いやすいIDE を提供しました。
    • ユーザーインターフェース（UI） は当時としては画期的で、プログラムの作成から実行まで一貫してGUIを介して行うことができ、開発者にとっては大きな利便性の向上を意味しました。
    • このコンセプトは後のVisual StudioやEclipse の基盤となり、IDEの進化に大きな影響を与えました。

  • 教育と商業開発を橋渡しした

    • Turbo Pascalは、学術的な用途に適していたPascal言語を、商業開発に適した開発ツールに変革しました。
    • 開発者は、複雑なプログラミング作業を手軽に行えるようになり、個人開発者にも広がりを見せ、個人用アプリケーションの開発が可能になりました。
    • また、価格も非常に手ごろで、当時の高価な開発ツールに比べて、非常に低価格で提供されていました。このことが、広範な開発者層に受け入れられる理由となりました。

“IDEという概念”を初めて形にした

Turbo Pascalが革新的だった点は、単にコンパイラが高速だっただけではありません。
それまでの開発ツールは、エディタ、コンパイラ、デバッガなどが個別に存在しており、開発環境がバラバラでした。

Turbo Pascalは、エディタ、コンパイラ、デバッガを統合したIDEを初めて作り上げたことで、開発環境を一つにまとめ、プログラミング作業の効率を大きく向上させたのです。

  • 統合開発環境（IDE）

    • Turbo PascalはIDEの最初の実用的な実装であり、その後、Visual StudioやEclipse、Xcodeなど現代の多くの開発ツールが、このアプローチを踏襲しています。
    • プログラマーは、エディタでコードを編集し、その場でコンパイルし、デバッグするという一連の作業をGUI上で一貫して行えるようになりました。

  • 開発者の生産性向上

    • 開発者はプログラムを実行するたびにコンパイルして実行結果を確認できるようになり、開発サイクルが短縮されました。
    • また、エラー表示やデバッグの迅速化によって、バグの修正もスムーズになり、開発の効率が飛躍的に向上しました。

その後の影響

Turbo Pascalの成功は、後のDelphiやC#、さらにはTypeScriptに至るまで、Hejslbergの言語設計哲学に大きな影響を与えました。

特に、Turbo Pascalで取り入れた高速コンパイルとIDEの統合という考え方は、エディタとツールの一体化を基盤にした開発者フレンドリーな環境作りに繋がります。

現代のIDEで当たり前のように見えるコード補完やインラインエラー表示も、Turbo Pascalから始まった考え方です。

結び

  • Turbo Pascalは、学術的な用途にとどまらず、商業開発や個人開発の世界に革命を起こしました。
  • 彼の設計した高速コンパイラとGUI付きIDEは、当時としては画期的で、今も多くの開発ツールに影響を与え続けています。
  • IDEという概念を初めて広め、開発者にとっての生産性向上に寄与したことは、プログラミングツールの進化における転換点となりました。

Anders Hejlsbergが作ったTurbo Pascalは、単なる「コンパイラ」ではなく、プログラミングツールの革命的な進化を象徴する存在だったのです。

3. Delphi — RAD（Rapid Application Development）思想の誕生

“コードを書くより先にアプリを作る”という発想

1995年、HejslbergはDelphiを発表し、RAD（Rapid Application Development） という新しい開発手法を世に広めました。

Rational Application Developer の概要

Rational Application Developer の概要

IBM® Rational® Application Developer for WebSphere® Software を使用すると、高品質の Web、サービス指向アーキテクチャー (SOA)、Java™、Java EE、Web 2.0、モバイル、OSGi、およびポータルの各アプリケーションの設計、開発、分析、テスト、プロファイリング、およびデプロイを実行できます。

https://www.ibm.com/docs/ja/radfws/9.6.1?topic=overview-rational-application-developer

RADとは、短期間で高品質なアプリケーションを作るための開発手法であり、その中でビジュアルプログラミングとイベント駆動型開発を取り入れることで、従来のプログラミング方法に革新をもたらしました。

  • 従来の開発の問題点

    • それまでの開発手法では、アプリケーションの構築に時間がかかり、UIデザインとコードを別々に作り、後で結びつけるという面倒な作業が必要でした。
    • GUIアプリケーション開発には特に手間がかかり、作成するたびに数時間の作業が必要とされていました。

  • Delphiの革新

    • Delphiは、コードを書く前に、まずビジュアルツールを使ってアプリケーションの「設計」を行い、その後自動的にコードを生成する仕組みを提供しました。
    • 「コードを書いてからアプリを作るのではなく、アプリを作ることでコードを得る」 という逆転の発想が、RADの概念を定義した瞬間でした。

ビジュアル設計ツールとイベント駆動モデルの融合

Delphiの最大の特徴は、ビジュアル設計ツールとイベント駆動型プログラミングの融合でした。

  1. ビジュアル設計ツール

    • Delphiの開発環境は、GUIアプリケーションの設計を視覚的に行うことを可能にしました。
    • ユーザーは、ウィジェット（ボタン、テキストフィールドなど）をドラッグアンドドロップして、GUIを直感的に設計できるようになりました。
    • 設計が完了すると、Delphiはそのビジュアル構造から自動でコードを生成してくれるため、プログラマーはアプリケーションのロジックに集中できるようになりました。

  2. イベント駆動モデル

    • Delphiはイベント駆動型プログラミングに対応しており、ユーザーがボタンをクリックしたり、ウィンドウを操作したりすると、そのイベントに対応するコードが実行されます。
    • これにより、ユーザーインターフェースを直感的に作成でき、複雑な制御フローや状態管理を簡単に扱うことができました。

現代のVisual StudioやUnity Editorに繋がる発想

Delphiは、その時代においては非常に先進的であり、現代の多くの開発ツールに大きな影響を与えました。 特に、ビジュアル設計とコード生成のアイデアは、現在の開発ツールにおける標準的な機能となっています。

RADの思想とその広がり

Delphiの RAD（Rapid Application Development） 思想は、その後の開発文化に多大な影響を与えました。
短期間でアプリケーションを開発するという考え方は、ビジネスアプリケーションやツール開発の現場で広まり、今では「アジャイル開発」や「スクラム」といった開発手法の中にも取り入れられています。

  • Delphiの理念が実現したこと

    • 開発者は、コードを書く時間を削減し、実装の速度を大幅に向上させました。
    • UI設計とロジック作成を一貫して行うことができ、開発者はより効率的に作業できるようになりました。

Delphiの後継者たち

Delphiは、当時のC++ BuilderやVisual Basicのような、GUIアプリケーション開発をより簡単にしたツールに影響を与え、後に登場した.NETフレームワークや**Java、C#**にまでその影響を残しました。

結び

  • Delphiは、RADの考え方を広め、開発スピードを大幅に向上させました。
  • ビジュアル設計ツールとイベント駆動型プログラミングの融合により、アプリケーション開発はより直感的で効率的になりました。
  • Visual StudioやUnity Editorなど、現代の開発ツールにも多大な影響を与えた、GUI開発の革新者としての地位を築いたのです。

Anders Hejlsbergが提案したRAD思想は、現代のソフトウェア開発文化を支える重要な要素となり、開発者の生産性を大きく向上させました。

4. C# — Javaを越える“モダン型言語”

オブジェクト指向と静的型付けの再定義

C#は、Anders HejlsbergがMicrosoftに移籍後に設計したプログラミング言語であり、特にJavaを越えるモダンな型システムを特徴としています。

Javaが人気を博していた時代に登場したC#は、その機能や設計哲学が、Javaに不足していた部分を補い、さらに現代的な開発スタイルを可能にしました。

C#の特徴的な部分は、オブジェクト指向と静的型付けの再定義です。

オブジェクト指向に関しては、Javaと同じくクラスベースですが、C#は 柔軟性と拡張性 を加え、インターフェース や 委譲（delegation） の概念を強化しています。

静的型付け では、型安全性が確保されており、型推論 を活用することで、型の冗長な記述を減らし、開発者がより効率的に作業できるように配慮されています。

C#のオブジェクト指向の強化点

  • インターフェースとクラスの統合：

    • C#は、Javaのインターフェース に加え、抽象クラス や 委譲 を使った柔軟な設計を支援します。
    • このアプローチにより、多態性（ポリモーフィズム） の強化と、オープン・クローズド原則（拡張には開かれ、修正には閉じる） に基づいた設計が可能になります。

  • 委譲（delegation）パターンの普及：

    • C#では、委譲を使うことで、複雑な継承関係を避けつつ、クラス間での責任の分割が可能になり、より柔軟で拡張性のある設計を作りやすくしました。

彼の哲学：「型は制約ではなく、自由を保証する仕組み」

C#の設計における最大の哲学的な貢献は、型システムに対する彼の考え方です。 Hejlsbergは、型を単なる制約として捉えるのではなく、開発者が自由に安全にプログラムを書くための仕組みとして扱っています。

「型は制約ではなく、自由を保証する仕組み」というのは、彼の言語設計の根底にある哲学です。 この考え方が、C#の強力な型推論機能 や、 ジェネリクス（Generics） の導入に繋がり、型安全性 を保ちながら開発者が必要とする柔軟性を提供する結果となりました。

型システムの哲学的基盤

  • 型安全性と柔軟性の両立：

    • Hejlsbergは型を「開発者を制約するもの」とは考えず、「プログラムの誤りを早期に検出し、より良い設計ができるようにサポートするもの」と捉えていました。
    • C#では、コンパイル時の型チェックによって、エラーが事前に検出され、実行時エラーのリスクを減少させることができます。

  • ジェネリクス（Generics）による型の柔軟性：

    • C#は、ジェネリクスを導入することによって、型をパラメータ化することが可能となり、型安全を保ちながらも、再利用性の高いコードを作成することができるようになりました。
    • これにより、例えば、リストや辞書などのデータ構造を型安全に使いつつも、異なるデータ型に対応できるようになります。

  • 型推論：

    • C#は、型推論を採用しており、変数の型を明示的に宣言しなくてもコンパイラが型を推測してくれます。
    • この特徴により、開発者は冗長な型宣言を避けつつ、型安全を確保することができ、より簡潔で効率的なコードを書くことができます。

C#がJavaを越えた理由

C#は、Javaを越えるモダン型言語として多くの点で優れていました。
その理由は、主に以下の点にあります。

  1. ラムダ式とLINQの導入：

  2. 非同期処理の強化（async/await）：

    • C#は、非同期処理の扱いを非常に簡単にし、async/awaitという構文を使って、非同期コードを同期的に書くことを可能にしました。
    • これにより、マルチスレッド処理やネットワーク通信を簡単に書くことができ、アプリケーションのパフォーマンス向上に寄与しました。

  3. 豊富なライブラリとエコシステム：

    • C#は、.NETフレームワークとそのライブラリ群が非常に強力であり、ビジネスアプリケーションからゲーム開発まで広範な用途に対応しています。
    • また、.NET Coreの登場によって、C#はクロスプラットフォーム開発にも対応し、さらなる普及を遂げました。

結び

  • C#は、オブジェクト指向と静的型付けを再定義し、モダンな開発環境を提供しました。
  • Hejlsbergの哲学は、**「型は制約ではなく自由を保証するもの」**として、型安全と柔軟性のバランスを取ることに成功しました。
  • Javaを越えるモダン型言語として、C#は多くの機能強化と新しい設計理念を取り入れ、現代的な開発のスタンダードを築きました。

C#の設計思想は、プログラミング言語における「型」の概念をさらに深め、より自由で安全な開発環境を提供するものとして、多くの開発者に支持されています。

5. TypeScript — “型を後付けした”狂気の挑戦

JavaScriptの混沌に秩序を与える

JavaScriptは、動的型付けにより、非常に柔軟で強力な言語ですが、その反面、大規模なコードベースでは予測不可能なエラーやバグを引き起こしやすいという問題がありました。

TypeScriptは、JavaScriptの動的な特性に型の安全性を加えることで、この問題に対処し、開発者がエラーを早期に検出できるようにしました。

TypeScriptの登場は、「JavaScriptの混沌に秩序を与える」 という大きな意義を持っていました。

TypeScriptは、型の存在によって、コードの意図を明確にし、予測可能な動作を保証します。
この設計思想により、JavaScriptの持つ柔軟さを維持しつつ、より安全でメンテナンスしやすいコードを書くことができるようになりました。

JavaScriptの欠点を補完する型システム

  • 型安全性：
    JavaScriptでは型に関するエラーがランタイム時に発生することが多く、予期しない動作を引き起こします。TypeScriptは、コンパイル時に型をチェックすることによって、事前にエラーを発見し、品質の高いコードを実現しました。

  • 開発者体験の向上：
    型定義があることで、IDEの補完機能が強化され、開発者は素早く意図したコードを記述することができるようになりました。

100%後方互換という狂気の設計思想

TypeScriptは、「100%後方互換」という設計思想を持っています。
つまり、すべてのJavaScriptコードがそのままTypeScriptとして動作するという、非常に大胆なアプローチを取りました。

TypeScriptは、JavaScriptを拡張する形で設計されているため、既存のJavaScriptのコードベースをそのままTypeScriptに変換して使用することができます。

後方互換性のメリット

  • スムーズな移行：
    既存のJavaScriptコードに型情報を追加するだけで、段階的にTypeScriptに移行できるため、大規模なプロジェクトでも徐々に導入できるというメリットがあります。

  • 柔軟性：
    JavaScriptの自由な書き方をそのまま維持できるため、既存のコードとの親和性が高く、導入の障壁が低いです。

  • 型を後付け：
    TypeScriptは、最初はJavaScriptとして書き、後から型を追加するという使い方ができるため、従来のJavaScript開発に慣れている開発者にも適応しやすい設計となっています。

この後方互換の設計思想は、TypeScriptの最大の特徴であり、TypeScriptがJavaScriptの進化系として受け入れられ、急速に普及した理由の一つでもあります。

“型をプログラムできる言語”という新概念

TypeScriptは、ただの静的型付けを提供するだけでなく、型そのものがプログラムの一部として「プログラムできる」という新しい概念を導入しました。

これにより、TypeScriptは単なる型システムではなく、型によってプログラムのロジックや挙動を制御できるという、より強力で柔軟なツールへと進化しました。

TypeScriptの型システムの革新性

  • 型推論：
    TypeScriptは、型を自動的に推論する機能を持っており、開発者が型を明示的に指定しなくても、コンパイラが最適な型を推測してくれるため、型宣言の冗長さを減らすことができます。

  • 型ガードと条件付き型：
    TypeScriptは、条件に応じて型を変更できるような柔軟な型システムを提供します。これにより、より複雑で動的なロジックに対応することができます。

  • 型の合成：
    TypeScriptでは、& や | を使用して、複数の型を合成したり、組み合わせたりすることができます。これにより、より強力な型の表現が可能となります。

  • ジェネリクス（Generics）：
    ジェネリクスを使うことで、型をパラメータ化し、型の再利用性と汎用性を高めることができ、より安全で効率的なコードを書くことができます。

プログラム内で型を操作する

TypeScriptの革新性は、型そのものがプログラムのロジックに組み込まれている点です。
型は単なる“制約”ではなく、プログラムの振る舞いを決定する重要な要素として、動的に変化し、活用されます。

例えば、以下のように条件に応じて型が変わる型ガードを使うことができます：

function isString(value: unknown): value is string {
  return typeof value === "string";
}

function processValue(value: unknown) {
  if (isString(value)) {
    console.log(value.toUpperCase()); // ここではvalueはstring型と認識される
  }
}

このように、型ガードを使って実行時に型を絞り込むことができ、柔軟で安全なプログラムを実現することができます。

TypeScriptの普及と影響

TypeScriptは、登場からわずか数年で、JavaScriptの進化版として広く受け入れられ、今やWeb開発の標準言語となりました。
その普及の速さは、後方互換性と型システムの革新性により、既存のJavaScriptコードに型を後付けする形で容易に導入できる点が大きな要因です。

TypeScriptの導入により、大規模なJavaScriptアプリケーションの開発が安全で効率的になり、エラーの発見やバグ修正が大幅に簡単になりました。
また、TypeScriptの普及により、他の言語やフレームワークにも影響を与え、型安全なコードを書く文化が広がりつつあります。

結び

  • TypeScriptは、JavaScriptの動的型付けの混沌を整理し、型を追加することで、開発者のエラーを事前に検出できるようにしました。

  • 100%後方互換という設計思想により、既存のJavaScriptコードに型を後付けすることができ、段階的にTypeScriptに移行することが可能です。

  • “型をプログラムできる言語” という新しい概念を導入し、型そのものがプログラムのロジックや挙動を制御する柔軟な仕組みを提供しました。

  • TypeScriptは現在、Web開発の標準となり、JavaScriptの進化系として広く普及しています。

Anders Hejlsbergが設計したTypeScriptは、プログラミング言語における型の新しい使い方を示し、Web開発をより安全で効率的にする道を開いた革新的な言語です。

6. 彼の設計哲学

“プログラミングを複雑にするな。ツールが賢くなればいい。”

Anders Hejlsbergの設計哲学において最も強調されるのは、「プログラミング自体を複雑にしない」という考え方です。 彼は、プログラミング言語や開発ツールが開発者の手間を減らし、プログラムの複雑さを軽減すべきだと考えていました。

プログラミングは問題解決の手段である

  • Hejlsbergは、プログラミングを“問題解決の手段”として捉えており、問題自体に集中できるようにするためのツールを提供することが重要だと考えています。
  • 彼の言語設計は、開発者が問題を解決するために必要な機能を簡潔に使えるようにすることを最優先しています。
  • エラーメッセージや警告、型のチェック機能などはその一部であり、エラーが発生した場合でも、開発者がすぐに修正できるような設計を重視しました。

「ツールが賢くなればいい」という哲学

  • 彼は開発ツール（コンパイラやIDE）が賢くなることで、開発者の手間を減らすことができると信じていました。
  • TypeScriptにおける型推論やエラーチェック、自動補完機能などは、彼の哲学を反映した機能です。
  • 開発者が「自分でエラーを発見し、修正し、再度コンパイルして結果を確認する」といった手間を減らし、ツールが支援することで開発効率を上げることを目指していました。

「人間が頑張るより、言語が支援すべき」と信じている

Hejlsbergの設計哲学で最も中心的な考え方は、「言語が開発者を支援すべき」というものです。 彼は、プログラムの書き手である人間の努力を最小化し、言語とツールが賢く補助するべきだと考えていました。

言語設計における支援の理念

  • Hejlsbergは、プログラミング言語が開発者をサポートするために設計されるべきだと信じており、特にエラーやバグの早期発見を重要視していました。
  • 型安全性や型推論の導入によって、開発者が型に関して無理なく安全にコードを書くことができるようになっています。
  • 例えば、C#やTypeScriptでの強力なコンパイラやIDE統合は、開発者がミスを犯しにくくするために設計された機能です。

「型の自由」を支援する

  • 彼がTypeScriptで実現したかったのは、「型の制約が開発者を縛るものではなく、自由を保証するもの」 という考え方です。
  • TypeScriptでは、型を強制するのではなく、型推論を使って開発者に自由な選択肢を提供 することで、開発者が安心してコードを書くことができる ようになっています。
  • 型を「制約」ではなく「ツールのサポート」 として捉え、開発者が自分の思考の枠組みをより自由に表現できるように設計されているのです。

「人間の限界を理解し、ツールで補う」

Hejlsbergは、人間の限界を理解して、それを補うためにツールが賢くなるべきだと考えていました。 プログラミングは、非常に複雑で繊細な作業ですが、ツールがその複雑さを軽減し、エラーを早期に発見してくれることで、開発者はもっと創造的な仕事に集中できると彼は信じていました。

TypeScriptとC#に見るその実現

  • TypeScriptは、静的型付けにより、型エラーの早期発見を可能にし、開発者の負担を軽減します。
  • C#のコード補完やデバッグ機能は、開発者がミスを防ぎながら、コードを書く効率を大幅に向上させる機能として設計されました。

彼の設計哲学がプログラミングの未来を形作る

Anders Hejlsbergの哲学は、「人間が頑張るべきこと」と「ツールが支援すべきこと」の線引きをしっかりと行った点にあります。 彼の設計した言語やツールは、開発者が自分の知識と創造性に集中できるようにし、煩雑な作業をツールに任せるという思想のもとに作られました。

結び

  • 「プログラミングを複雑にするな。ツールが賢くなればいい。」 という哲学は、Hejslbergの言語設計の根底にあります。 彼は、ツールが開発者の手間を減らすことで、プログラムを書く過程をより効率的に、創造的にすることを目指していました。

  • 「人間が頑張るより、言語が支援すべき」という信念のもと、彼は型システムやIDE統合などを通じて、開発者がエラーを早期に発見できる環境を提供し、プログラミングの生産性を大きく向上させました。

Anders Hejlsbergの哲学は、ただの技術的なアプローチではなく、開発者の生産性を最大化し、彼らの作業が楽しくなるように設計されています。この哲学は、今日のTypeScriptやC#を通じて、プログラミングの未来に深い影響を与えています。

7. 終章：ツールの向こう側へ

Turbo Pascalで“個人”を救い

1983年、Turbo Pascalは、個人開発者にとっての革命的なツールでした。

それまでプログラミングは、商業開発のために高価なコンパイラを使う必要があり、個人開発者や学生が気軽に手を出すことができる環境ではありませんでした。
しかし、Turbo Pascalは、低価格で非常に高速なコンパイラを提供し、個人の開発者が、学術的なプログラミングを超えて、商業用のアプリケーション開発に手を出せるようにしたのです。

Turbo Pascalの登場により、個人開発者は、手軽に高品質なソフトウェアを作成できるようになり、開発のハードルが大きく下がりました。 そして、このツールは後の個人用ソフトウェアのエコシステムや、オープンソースの文化に繋がる基盤を作り上げました。

C#で“企業”を支え

次に、C# が登場したことで、企業開発の世界に大きな影響 を与えました。 C#は、オブジェクト指向言語としての強力な型システムを提供し、Microsoftの.NETフレームワークの基盤として、企業向けのアプリケーション開発を支える強力なツールとなりました。

C#は、特に企業の規模での開発において、メンテナンス性の高い、安全でスケーラブルなソフトウェアの作成を可能にしました。 型の安全性、ジェネリクス、LINQ（Language Integrated Query）など、現代的な開発に必要な多くの要素を提供し、企業向けシステムの開発文化を根底から変えました。

  • C#の普及は、大規模開発における品質管理と保守性の向上に貢献し、世界中の企業のIT基盤を支える重要な言語として位置づけられました。

TypeScriptで“ウェブ全体”を支配した

そして、TypeScriptの登場により、ウェブ開発の風景が大きく変わりました。 JavaScriptの動的型付けという「混沌」の中で、型の静的チェックを後付けするという狂気の設計が、実際にはウェブ全体を支配する力となったのです。

  • TypeScriptは、JavaScriptの進化系として、型安全性を保ちつつ、後方互換性を完全に維持し、現代のウェブ開発のスタンダードを築きました。

  • 大規模なJavaScriptアプリケーションやチーム開発において、バグの早期発見や保守性が格段に向上し、ウェブアプリケーションの信頼性が大幅に向上しました。

  • TypeScriptの普及により、モダンなフレームワーク（React、Angular、Vueなど）やライブラリはTypeScriptを前提に開発され、ウェブ全体の開発環境に標準として定着しました。

言語を作るとは、世界の考え方を作ること

Anders Hejlsbergが作り出した言語やツールは、単に技術的な革新を提供しただけではありません。 言語設計そのものが、開発者や企業の「考え方」や「働き方」に深く影響を与える ものであることを、彼は証明しました。

言語やツールがどう設計されているかは、開発者の思考方法 や 開発文化そのもの に直結しています。 TypeScriptの型システムやC#の型安全性は、開発者がどのようにコードを構造化し、エラーを最小限に抑え、効率的に作業するかを根本的に再定義しました。

彼の作った言語やツールは、ただの「技術」ではなく、「開発者の生産性を高めるための哲学」 そのものであり、世界の開発文化を形成する基盤となったのです。

彼の設計哲学が与えた影響

  • 型安全性の重視：
    Hejslbergは、型を制約ではなく、自由を保証する仕組みと考え、開発者がエラーを事前に検出し、より効率的に作業できるようにしました。

  • 開発ツールのサポート：
    彼は、開発ツールが開発者を支援するべきだという信念を持ち、コンパイラやIDEを賢く設計し、エラーを早期に発見できるようにしました。

  • 後方互換性の哲学：
    TypeScriptの設計では、既存のコードとの互換性を保ちながら、徐々に型システムを導入できるようにするというアプローチが採用され、開発者が自然に新しいツールを受け入れることができるようになりました。

まとめ

  • Turbo Pascalで「個人開発者」を救い、**C#**で「企業開発」を支え、TypeScriptで「ウェブ全体」を支配したAnders Hejlsbergは、プログラミングの世界に革命的な変化をもたらしました。

  • 彼の設計哲学は、開発者を支援するツールとして、言語やツールの設計が開発者の生産性を最大化するためにどれだけ重要かを示しました。

  • Hejlsbergが作り上げた言語やツールは、プログラミングの進化そのものを形作り、現代の開発文化を支える基盤となったのです。

言語を作ることは、世界の考え方を作ることだという彼の信念は、まさに現代のプログラミングツールに息づいています。 彼が成し遂げた業績は、今後もプログラマーたちの手助けをし、開発文化を支えていくでしょう。