[Series] バイブコーディング以後の開発者文化 #1 AIが作る時代に、人間はなにを設計するのか

1. はじめに ─ コードを書かない開発者たち

かつて、プログラミングは「選ばれた少数」の特権だった。
時間を削り、バグに耐え、構文の奥に潜む美に触れた者だけが、機械に意志を伝える言葉を得た。

2025年、特権は解体されつつある。
生成AIはコードを出力し、ノーコードは“誰でも開発者”という標語を現実に変えた。
境界線は「書けるか」ではなく「 何を構築するか 」に移った。

2. 設計という行為の再定義

AIが書く時代に、人間に残るのは「設計」だが、それは図面描きではない。
要件→機能の対応表を埋めるのでもない。
設計とは価値観の翻訳であり、次の層を束ねる仕事だ。

  • 存在理由(Why):
     何を解決し、何を解決しないか
  • 世界観(For whom):
     誰の痛みを基準に最適化するか
  • 行動設計(How):
     人と機械がどの順番で何を担うか
  • 制約と余白(Constraints/Slack):
     何を切り捨て、どこに遊びを残すか
  • 継続可能性(Sustainability):
     技術負債と運用負債をどう支払うか

機械は構文を扱うが、文脈の“重さ”は計れない。
重さを決めるのが設計者の役割。

3. ケーススタディ(3本の線)

3.1 「ChatGPT Question Redactor」─ 意図を最短経路に落とす

  • 目的:
     質問文から個人特有情報を一括マスクし、公開できる形に整える
  • 設計の核心:
     “どこまで消すか”の倫理境界(PII/センシティブ/意味保持)
  • AI活用:
     ルールの言語化→テスト文10種→誤検出パターンを逆プロンプトで矯正
  • 学び:
     生成AIは速度をくれるが、基準線(倫理・仕様)を引くのは人間

3.2 JS/P2Pチャット実験 ─ アーキテクチャは感情を変える

  • 目的:
     中央サーバの不在下で会話とファイル共有
  • 設計の核心:
     接続性>完全匿名の優先度、ZIP交換のUX整流
  • AI活用:
     STUN/TURN設定例の合成、失敗ログの要因分類
  • 学び:
     部品はAIが作る。重心配置(トレードオフの置き方)で体験は別物になる

3.3 「バイブコーディング」の現在地

  • 実像:
     語りながら動く→変化のフィードバックが快感を増幅
  • 落とし穴:
     手応えが“進捗の錯覚”に近づく
  • 設計の対処:
     抽象→試作→縮約の3拍子リズムを外さない

4. 設計者の5つの責務(AI以後版)

  1. 課題の同定:
     痛みの一次情報を集める。実況ログ>アンケート
  2. 境界の宣言:
     やらないことリストを先に公開する
  3. プロンプトの制度設計:
     生成規約(style/禁止事項/テスト入力)を仕様書化
  4. 検証の儀式化:
     失敗例を「合格/保留/却下」の3階級で高速審査
  5. 撤退ラインの明文化:
     維持費が価値を超えたら止める

5. 実務ワークフロー(1週間スプリント)

  • Day 1|観察:
     5人の一次行動を記録(スクショ/操作ログ/口頭)
  • Day 2|設計メモ:
     Why/For whom/Trade-off をA4一枚で固定
  • Day 3|AI試作:
     コア機能を最短30分プロトタイプ、テスト10件
  • Day 4|縮約:
     余計な機能を半分落とす。UIは1画面原則
  • Day 5|公開:
     GitHub+ブログで告知、寄付導線を最小限に
  • Day 6|計測:
     5つの数値をダッシュボード化
  • Day 7|休息:
     触らない。ユーザーの声だけ読む

5つの数値: ①初回到達時間 ②反復利用率 ③エラー/成功比 ④離脱点 ⑤サポート工数

6. 倫理ガードレール(最小集合)

  • 最小収集:
     入力データは即時ローカル処理、保存は原則オフ

  • 可視化:
     生成AIの介入箇所にマーカーを出す(ユーザーが切り替え可)

  • 取り消し:
     1クリックで“元データに戻す”

  • 公開対等性:
     既知の制限と既知のバイアスをドキュメントで常時公開

  • 撤退宣言:
     メンテ不能になったときのアーカイブ方法を事前に用意

7. プロンプト設計の雛形(実務用)

# 役割
あなたは<対象ユーザー>の行動を3分短縮するUI設計補助。出力は箇条書きと短い根拠のみ。

# 目標
<ゴール行動>までの手順を3手以内に縮約する。不要な提案は禁止。

# 制約
- 個人情報の保存や外部送信は不可
- 画面は1枚、ボタンは3つまで
- 既存の操作習慣を壊さない

# 入力
<現行の手順/スクショの説明/失敗例>

# 出力
1) 最短手順
2) UI要素(ラベル/配置/遷移)
3) テスト観点(合格基準3件)
4) 既知のリスク

8. 「設計者として残すもの」

AIが無数のコード断片を量産するほど、人が決めた線 が価値を持つ。
どこまで助け、どこで手を引き、どの痛みに優先順位をつけるかという線だ。
線を引く責任を引き受ける者が、AI以後の開発者と呼ばれる。