【Programmer Legends #04】Jacob Ziv(ヤコブ・ジヴ)─ ZIPを生んだ圧縮アルゴリズムの巨人

1. 導入:ZIPファイルを開くたびに思い出すべき名前

いまや誰にとっても当たり前の存在となったZIPファイル。 PCに保存した資料をまとめるとき、メール添付で容量を減らすとき、あるいはゲームやアプリのアセットを扱うとき——その裏側で必ず働いている仕組みがあります。

さらに、私たちが日常的に目にする PNG画像やGIFアニメーション、それらの圧縮にも同じ系譜のアルゴリズムが使われています。 その根底をつくり、世界のデータ圧縮の歴史を大きく変えた人物こそ、 Jacob Ziv(ヤコブ・ジヴ) です。

私自身、現在ZIPファイルを扱うゲームを開発しています。 圧縮・解凍は「裏方」の処理に見えますが、その仕組みがなければ成り立たない部分も多い。だからこそ、Zivの存在は避けて通れないと強く感じるのです。

2. 生涯と背景

Jacob Ziv(ヤコブ・ジヴ)は1931年、イスラエル北部の都市ティベリアに生まれました。幼い国家イスラエルの成長とともに歩んだ世代であり、研究者としてだけでなく社会的役割も担った人物です。

若くして工学の道に進んだZivは、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得。その後はイスラエルへ戻り、Technion(イスラエル工科大学)で長く研究と教育に従事しました。工学部の学部長、副学長を歴任し、数多くの優秀な研究者やエンジニアを育てています。

また、国防分野にも関与し、イスラエルの通信技術の発展に寄与したほか、イスラエル科学アカデミーの会長も務めるなど、国全体の学術基盤を支える存在でした。こうした背景から、Zivは単なる理論家ではなく、「国家の発展を背後から支える技術者」として広く信頼を集めたのです。

3. LZ77 / LZ78 アルゴリズムの誕生

1977年と1978年、Jacob Ziv は同僚の Abraham Lempel と共に、後世に大きな影響を与える二つのアルゴリズムを発表しました。LZ77LZ78 です。二人の名前の頭文字を取った「Lempel–Ziv 法」は、今日に至るまであらゆるデータ圧縮の基盤となっています。

LZ77は「辞書ベース」と呼ばれる方式を採用しています。これは、入力データの中から繰り返し現れるパターンを“辞書”として蓄え、同じ並びが出たときに「ここにあるよ」と参照する仕組みです。特にスライディングウィンドウ方式によって、限られたメモリで効率的に動作させることが可能になりました。

これらの手法の革新性は、統計モデルや事前のデータ分析を必要とせず、どんなデータにも普遍的に適用できる点にありました。当時のコンピュータ資源はきわめて限られており、その環境下で「軽くて速い」方法を提示したこと自体が画期的だったのです。

このアプローチはその後の標準技術へと受け継がれ、ZIP、GIF、PNG、PDF、MP3といった数え切れないほどのフォーマットに組み込まれていきます。つまり、私たちが日常的に触れるデータのほとんどは、ZivとLempelの発明なしには成立しなかったのです。

4. 技術的な革新性

Jacob Ziv の仕事が特別だったのは、単に効率のよいアルゴリズムを提示しただけではありません。彼のアプローチは、データの事前知識を必要としない「ユニバーサル圧縮」 という新しい概念を打ち立てた点にあります。従来の圧縮方式は、文字の出現頻度など統計的な分布を前提とすることが多かったのに対し、Ziv の方法は入力データがどんなものであれ、その場でパターンを見つけて圧縮できる仕組みを作り上げました。

さらに彼は、「individual-sequence approach(個別シーケンス理論)」 を提唱しました。これは「どんなデータ列が与えられても普遍的に性能を保証する」という発想であり、理論的な裏付けと実用性を同時に兼ね備えたものです。この考え方は後に情報理論や符号理論の分野にも大きな影響を与えました。

結果として、Zivの圧縮技術は40年以上経った今でも第一線で使われ続けています。彼は机上の理論家としてではなく、「現実の計算機環境で永続的に役立つ仕組み」を作った実用の巨人として歴史に名を刻んだのです。

5. 受賞と功績

Jacob Ziv の業績は、学術界と産業界の双方から高く評価されました。 1993年にはイスラエルで最も権威ある賞のひとつである Israel Prize を受賞。母国の科学技術の発展に大きく貢献した人物として広く知られるようになりました。

さらに1995年には IEEE Richard W. Hamming Medal、1997年には情報理論分野で最高の栄誉とされる Claude E. Shannon Award を受賞。いずれも通信・圧縮・情報理論における画期的な功績を認められたものです。

そして晩年の2021年、Ziv は IEEE Medal of Honor を授与されました。これは電気・電子工学の世界で最も権威ある賞であり、圧縮アルゴリズムの研究者としては異例の快挙でした。

圧縮アルゴリズムというニッチな分野で、これほど多くの国際的な賞を受けた研究者は稀です。彼の成果が「専門領域を超え、社会全体を支える基盤となった」ことの証と言えるでしょう。

6. Jacob Ziv の思想と現代

Jacob Ziv の研究には、一貫して 「普遍性」「効率性」 という思想が貫かれていました。 彼が生み出したアルゴリズムは「どんなデータであっても圧縮できる」という発想に基づいており、特定の用途に閉じない普遍的な仕組みを志向していました。そしてその仕組みは、限られた計算資源の中でいかに「軽く、速く」動作させられるかという現実的な設計思想とも結びついていました。

この考え方は、今の時代にこそ改めて価値を持っています。AIモデルの巨大化やWebの膨大なデータ流通、そしてゲーム開発におけるアセット管理など、現代の技術課題は「膨れ上がるデータをどう効率的に扱うか」に直結しているからです。

私自身が開発しているZIPを扱うゲームでも、その思想は自然につながっています。圧縮・解凍という仕組みは裏方でありながら、表現や体験を支える重要な部分です。「普遍的に動き、軽く速く処理できる」――その発想は、Zivが残したレガシーそのものと言えるでしょう。

7. 圧縮は「文化」を支えている

Jacob Ziv は間違いなく「アルゴリズムの巨人」でした。
しかし同時に、彼は私たちの日常生活を静かに支えてきた人物でもあります。
華やかな表舞台に立つことは少なくても、彼の発明は、私たちがデータを保存し、送信し、共有するすべての場面に深く根付いているのです。

ファイルをZIPでまとめる瞬間、あるいはPNG画像を保存する瞬間、私たちは無意識のうちに彼の遺産を使っています。それは大げさなことではなく、「日常に溶け込んだ偉大さ」 の証です。

この「Programmer Legends #04」は、まさにそうした足元の偉大さを掘り起こすための回です。
遠い存在に見える研究者の成果が、実は自分の作るゲームや使うアプリの奥底で生きている。
その事実を知ることは、私たちが技術をどう受け継ぎ、どう未来に繋げていくかを考えるきっかけになるでしょう。